薬物治療とは

乳がんは薬がよく効くがんとして知られており、現在も数多くの薬が開発されています。乳がんの薬物治療は、治療の目的や乳がんの性質などによって対処法が異なるため、高い専門性が求められます。

乳がんは良性の腫瘍と異なり、手術で局所のがん細胞を完全に取り除いたとしても、画像には確認できない微小転移という小さながん細胞が全身に広がっている可能性があります。
浸潤がんと診断された場合には、微小転移の発育、転移による再発を防ぐために薬物療法が不可欠です。

術前薬物療法

大きな腫瘍を小さくするだけではなく、微小転移を根絶するために手術前に薬物療法を行います。

特徴

  1. 腫瘍が比較的大きい(3cm前後)場合、乳房の温存手術を可能にします。
  2. 腫瘍の縮小状況をリアルタイムに判断でき、薬物療法の効き目が正しく把握できます。
  3. 腫瘍が小さくなっていく効果を実感できるので、患者さん自身の精神面にもメリットがあります。

術後薬物療法

手術で切除したがんの検査結果から微小転移の可能性が高い場合は、手術後の薬物療法で再発を防ぎます。
術後療法を決めるうえで大切な因子として、下記のような項目が上げられます。
治療効果、副作用のリスクなど、治療によるベネフィットとリスクを考慮し、患者さんと医師の話し合いの中で治療計画を組み立てていくことが重要です。

主な予後因子

エストロゲン受容体(ER)の有無 取り除いた乳がんが、ホルモン(エストロゲン)に反応する受容体(エストロゲン受容体:ER)を持つか否かを調べる。ERがある(ER陽性)場合と、ない(ER陰性)場合では、陽性のほうが内分泌療法(ホルモン療法)の効果が期待できる。ER陽性のほうがER陰性より予後がよい。
HER2受容体の有無 乳がんがその細胞の表面にHER2タンパクを持っている場合、増殖が盛んなことが知られています。トラスツズマブ(ハーセプチン)は,このHER2タンパクに特異的にくっつきがん細胞の増殖を抑えます。したがって、がん細胞がHER2をもっているかどうかを調べ、がん細胞がHER2をもっている場合(HER2陽性乳がんといいます)にはトラスツズマブ(ハーセプチン)と抗がん剤を使用します。
核異形度 手術時に切除したがん細胞を顕微鏡で観察し、がんの悪性度を調べる。グレード1〜3までに分類され、グレードが高いほど再発の可能性が高いと考えられる。
増殖能
(Ki67 label index)
細胞分裂している細胞の割合を計測することによって得られる値。これによって個々の乳がんにおける増殖能力を推測することが可能。当院では15%以下を増殖能が低く、30%以上を増殖能が高いと判定しています。
腫瘍の大きさ 触診や画像、または手術で取り出した腫瘍を観察して測定。腫瘍が小さければ小さいほど予後は良好で、再発の可能性は低いと考えられる。
腋窩リンパ節の
転移状況
手術時に取り出したリンパ節を顕微鏡で観察し、腋窩リンパ節にどの程度のがん細胞が転移しているかを調べ、がん細胞の広がり具合を判断する。転移が少なければ少ないほど予後がいい。
閉経状況 閉経前なら化学療法、閉経後なら内分泌療法(ホルモン療法)を行うことが多い。

薬物療法の種類

1.化学療法

抗がん剤を用いて、がん細胞を攻撃して死滅させる治療法です。

2.内分泌療法(ホルモン療法)

乳がんの発育を促すホルモン(エストロゲン)反応を抑えて、がん細胞の発育を抑制する治療法です。乳がんの中にはエストロゲンには反応しないタイプのものもあり、そのような患者さんには適応されません。

3.分子標的治療

人体の正常細胞にはほとんど影響を与えず、がん細胞のみを特異的に攻撃する治療法です。

化学療法

抗がん剤を使って治療する方法を化学療法といいます。

化学療法は1種類の薬を大量に使用すると強い副作用があらわれることがあるため、作用の異なる抗がん剤2〜3種類を同時にあるいは順次投与する多剤併用療法が一般的です。

一般的に化学療法の副作用の程度は他の治療と比べて大きいため、治療効果が大きいと期待される場合にのみ、術後療法としてお勧めしています。

内分泌療法(ホルモン療法)

内分泌療法(ホルモン療法)とは

がんの中には、がん細胞の発育をホルモンが促進しているもの(ホルモン依存性がん)があります。
そこで特定のホルモンを分泌している臓器を手術で取り除いたり、ホルモンの働きを抑える作用のある薬を投与し、がん細胞の発育を阻止する治療が行われます。
この治療を内分泌療法 (ホルモン療法)といいます。
ホルモン依存性のがんには、乳がん、子宮内膜がん、前立腺がん、甲状腺がんなどがあります。
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分子標的療法

分子標的療法とは

がん細胞などに特異的または過剰に発現する特定のタンパク質や分子などを薬で狙いうちする治療法です。

ハーセプチンについて

乳がん細胞には増殖の早いものと遅いものがあり、その違いについて研究が進められてきました。そして近年、細胞の表面に「増殖に必要なえさを取り込むための手(受容体)」を持つものがあるとわかりました。この手を持っている細胞は、持っていない細胞に比べ、えさをたくさん取り込むことができるので、活発に増殖すると考えられています。
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薬物療法の副作用

化学療法

化学療法(抗がん剤)は細胞の増殖が盛んなところを攻撃します。がん細胞がその代表ですが、毛根や胃粘膜、骨髄細胞などの増殖スピードが比較的速い正常細胞にも影響を及ぼしてしまいます。抗がん剤の種類によって副作用の頻度や種類は異なります。また副作用による症状がまったくでない人、強く出る人と、個人差も大きいのが現状です。

内分泌療法

内分泌治療(ホルモン治療)は女性ホルモンを抑制するため、更年期症状が2〜3割の人にみられます。副作用の症状はそれほど強くありません。ただしホルモン剤によっては気をつけるべき副作用として、骨粗しょう症や子宮体がんなどがあげられます。当院ではホルモン剤の種類や患者さんの状態により、定期的な婦人科検診や骨塩定量測定を行っています。

分子標的療法

分子標的療法薬(ハーセプチン)は、がん細胞を特異に攻撃するので、副作用の頻度は非常に少ないです。初回投与時にアレルギー反応による発熱などを起こすこともありますが、解熱剤等にて対処可能です。まれに心機能低下を起こすことがあるので、定期的な心エコー検査を行います。詳しくは治療前に医師や看護師が専門の立場からそれぞれの対処法を説明します。

転移・再発時の治療

万が一、転移・再発した場合は、内分泌療法(ホルモン療法)や分子標的薬(ハーセプチン)、化学療法などの薬物療法を主とした治療を行います。

一部の転移や再発は完治できる可能性がありますが、ほとんどの場合はできるだけ長く生活の質を保ちながら、病気の進行を抑えることが治療の目的となります。

痛み等の症状がある場合は、痛みをとる専門の医師と一緒に治療を行うことができます。手術や放射線治療は症状の緩和を目的に行われることがあり、どのような時点でもさまざまな治療の選択肢があります。

当院では患者さん一人ひとりに乳がん専門医と緩和ケア医がつき、ご希望があれば心療内科医が連携して治療を行います。またがん疼痛専門看護師、ブレストケアナース、ソーシャルワーカーが協力し、患者さんのご希望に応えられるような治療体勢を整えるお手伝いをしていきます。